「コミュニティ静岡」94号より

たった一人の熱い思いから始まった「桃源郷・里山づくり」

「桃源郷・里山づくり」ネットワーク (南伊豆町加納地区)

レポート・大芝登貴子(富士市)

●ゴミの一掃にかける

取材先の南伊豆町加納地区から石廊崎に抜ける道路「走雲峡ライン」は、観光スポットの賑わいと変わって、車の通りも少なく人家もなく、のどかな所でした。しかし、それが不法投棄の絶好の場所となっていました。そこに、このままではいけないと立ち上がったのが、「桃源郷・里山づくりネットワーク」会長の池野哲也さんです。『私は平成十二年に会社を定年退職しましたが、久しぶりに走雲峡ラインを散歩していてびっくりしました。道路の下に廃車、電気製品、自転車等、たくさんのゴミが捨てられているのです。これを見てたいへん残念に思い、元通りの自然に帰そう、社会のためにこれからの人生をかけようと、心に決めました』と、活動のきっかけを話してくれました。それから、池野さんはお弁当を下げ、一人でゴミの一掃に取り掛かりました。かつての商売道具の建機を使い、大量の粗大ゴミを雑木林や草むらから道路へ運び上げたのです。こうした池野さんの献身的な取り組みが地元住民の心を打ち、遠方の賛同者も加わるなど、ボランティアの輪が広がっていきました。そうして生まれたのが、「桃源郷・里山づくりネットワーク」です。

●棚田に水を張り…

伊豆に咲く自生種の花を(写真①説明・水田に水を張る)

ネットワークの仲間たちの作業や警察署の協力もあり、走雲峡ライン沿いもきれいになっていきましたが、またまた不法投棄が一つ、二つと増え始め、このままでは……と、頭を抱えていました。そんな時、花を植えるのはどうかと助言があり、早速、道路沿いに花壇を造り、サルビア、マリンゴールドなどの花を植えたそうです。すると不法投棄がなくなったそうで、やはりきれいにしておけば、ゴミは捨てなくなるのでしょう。しかし、池野さんは『これは花壇の花であって山の花でない。この走雲峡は伊豆でもたぐいまれな自然の宝庫、この地域の自然にあった花を植えよう』と思い、いわゆる自生種中心の花壇に切り替えていったのです。地元園芸家のアドバイスや苗木の提供を受けながら、ガクアジサイ、ヤブツバキ、ミツマタ、ヤマツツジ等を、同ラインの加納側延長2㌔の花壇に植えていきました。地元にある植物を植え、生態系を大切にしようとする活動にも心打たれます。

●桃源郷が出現(写真②説明・季節になると蓮の花が咲き、桃源郷が出現する)

平成15年には休耕田の棚田を無償で借り受け、水を張って蓮と睡蓮を植えました。そこには、メダカ、ヤゴ、オタマジャクシ、 ホタルも住みはじめました。7月から9月にかけて蓮の花の見ごろを迎えます。高さ3㍍ほどになる蓮の花は、蓮池に架けられた観賞用の「蓮華橋」から見ると、まさしく中国の古事記に出てくる桃源郷(俗世界を離れた別天地)のようだといいます。その美しさは、手造りの休憩所「かのう屋」に置かれた記帳ノートに、ここを訪れた人が書いた多くの感嘆の文から伝わってきます。

●里山づくりと人づくり

荒れた里山は、人間と動物の共生のバランスが崩れ、鳥獣被害が多発するそうです。本来の里山は、多様な生物の生息、農作業の場、文化継承の場であり、身近な自然を感じ、触れる事の出来る魅力的な場所です。同ネットワークでは、自然を生かした里山づくりにも取り組んでいますが、その過程でいつしかイノシシの被害もなくなったそうです。土曜、日曜になるとこの里山には小学生が訪ねてきて、自分たちの基地づくりに励んでいます。『五感をとぎすませ、体全部を使い自然と触れ合い、自然の恐れも知り、創造力を育てて欲しい』と桃源郷・ネットワークの仲間たちは、人づくりにも目を輝かせて語ってくれました。

●リーダーが持つ役割の大きさ(写真③説明・池野さんらから説明を受ける大芝委員)

『ここまで整備できたのは、多くの人の協力のおかげです。これからも四季を通して花を楽しめ、心が潤うような「桃源郷・里山づくり」を進めていきたいと思います。そして、ここを心癒す場所、元気の出る場所として、美しい里山をいつまでも後世に残していきたい気持ちでいっぱいです。』と、池野さん結んでくれましたが、こうした献身的ですばらしい先導者がいて、周りを巻き込みながら大きく活動の実を結んでいく。地域づくりにリーダーの果たす役割の大きさを思い知らされた取材でした。心からエールを送ります。

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